麒麟・田村を救った人からの手紙。
昨日、放送された「オジサンズ11」に麒麟の田村さんが
出演されて、公園生活のことなどを話されていました。
田村さんは、
「とにかく「生きたい」という気持ちが強かった。
死のうと思ったらコンビニで「このパン一個ください」
って、頭を下げようと思って生きていた。
パンを盗もうかな?と思ったこともあったが
そういうことは、なかったですね。」と語られていました。
いつものように、両親に感謝する気持ちも話されていて
ほんとに、素晴らしい人だと感じました。
この番組で私が、1番感動したのは、田村さんを自分の家に
住まわせた同級生のお母さんからの手紙を紹介した
ときでした。
とても、感動したので少し長いですが全文を紹介します。
(注意・田村さんのニックネームは、たむちんです)
田村裕くんへ
たむちん、今日も元気に笑っていますか?
初めて会ったのは、中学二年生の夏休みでしたね。
うちの息子が、同級生のあなたを家に連れてきて
「夕ごはん、たむちんの分も作ってあげて」と言ったとき
私は、気にもとめませんでした。
子供の友達に、ごはんを出すのはよくあること。
たむちんのことは
「敬語もしっかり使える行儀の良い子やなぁ」と思いました。
ごはんの後、息子から
「たむちんの家が無くなったから泊めてあげて」と
頼まれましたが
家がないなん信じられませんでした。
息子が「たむちんが落ち込んでるから、あまり聞かんといてや」
と言うので
同級生のお母さん達に、いろいろ聞いてみて
やっと、本当だとわかりました。
どうしようか、とても迷いましたが、夫に相談すると
「ウチは、もともと4人子供がおるんやからいいやん
5人やったと思えば・・・」と言われて気持ちの整理がつき
たむちんに
「ずっと、ウチにおったらええがな」と言うことができました。
いつも、明るく遊んでいたけれど
ウチの子供達にTVゲームの順番をゆずったり
気を遣っていましたね。
絶対に、おかわりをしないから私は、ごはんをよそうとき
めいっぱい、てんこ盛りにしたんです。
たむちんは、いつもそれを一粒残らずたいらげてくれました。
たむちんは当時から背が高くて
同じくらいの身長の夫のジャージのズボンを貸したら
夫より、ずっと足が長くて、つんつるてん。(笑)
家族みんなで、大笑いしたことを懐かしく思い出します。
学校でも、みんなを笑わせるムード・メーカーでしたよね。
でも、バスケ部の顧問の先生から落ち込んでるときに
たむちんが「死にたい・・・」ともらしていると聞きました。
夏休みも終わる頃、たむちんは
大学生のお兄さんとお姉さんがいることを知りました。
私達夫婦は、他のお母さん方に相談しました。
「3軒で、1人づつ面倒を見てあげられないかな?」
という話をしたんですけれども
3人を自律させるためには
「生活保護を受けられるようにしてあげた方がいい」
とうことになっていったんです。
でも、生活保護をうけるには家が必要。
ほんとうに、困っているのは住む家もない人達なのに
おかしな制度ですよね。
アパートを借りるための費用は、私たち夫婦が出しましたが
他にも、たむちん兄弟に協力しようという人たちが
たくさんいたんです。
それは、3人がとても良い子たちだったから。
ハキハキと礼儀正しく、ご両親にキチンと
育てられていることがわかるから
私たちは、「みんなで、何とかしてやらなきゃ」
という気になったんです。
みんなが信じたとおり、当時、用立てしたお金は
兄弟で少しづつ、しっかり返してくれました。
お兄さんを中心に、ほんとうによくがんばりましたね。
先日は、わざわざ本を持って訪ねてき来てくれて
ありがとう。
他のお世話になった人たちにも挨拶に、回っているそうですね。
たむちんは、希望の星です。
息の長い芸人さんになってください。
追伸
今度こそ、M-1グランプリ優勝してね。
田村さんは、両親のおかげ・・・。
いろんなものを残してくれた。と言われていました。
田村さんの素晴らしい人柄が伝わってくる
手紙だと思います。
田村さんを育てたご両親の教えが、今の田村さんの純粋な性格を
作ったのでしょうね。
でも、お父さんに会えてほんとうに良かったですね。
最初は、この手紙を短くして紹介しようかな?と
思っていたのですが、あまりにも素敵な手紙だったので
全文、紹介することにしました。
これからの、麒麟には今まで以上に期待したい。
by bono
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